恋に落ちる音が聞こえたら

増えていく思い出忘れないように 半分は持っててよ 君のそんなとこが 好きになっちゃう

担降りしました

 

担降りブログ、自分が書くとは思いませんでした....

結論から言いますと、

Hey!Say!JUMPの山田涼介くん担を降ります。

わ〜〜言ってしまった〜〜(;_;)

 

いままで、山田担、安田担、そして最近本格的に落ちたジェシー担、長妻担の4人担当がいまして、ヲタク人生最大人数になりました。ハロヲタもやってるし。はるちゃんとか愛理入れたら6人だね☺

 

本当にいっぱい現場があって、お金が無くなったのが正直な理由です。全員好きだし全員応援したい、アイドルはわたしにとって生き甲斐です。でもそんなアイドルによって自分が生活できなくなったら元も子もない話です。だから、優先順位をつけることにしました。降りたっていう表現より、優先順位が低くなりましたの方が正しいかな。

 

担降りブログって何を書けばいいのか分からないけど、気持ちを切り替えるために、山田くんを降りるまで、まあそれなりに色々あったので、だらだら書かせていただきます。拙い文章になります(笑)

 

まず、青春アミーゴのバックで山田くんを見つけ、Hey!Say!7で山田くんを見つけ、少クラで山田くんを見つけ、まだ小学生だったわたしは、「山田くん」の区別がつきませんでした。全員同一人物だと思っていなかった(笑)あれ、あの山田くんもかっこいいしあの山田くんもかっこいい....わたしは最初に3回山田涼介と出会っています(笑)

徐々に山田涼介が1人だと知り、ドラマも少クラも夢中で見たり、CDもお姉ちゃんとお小遣いを出し合って買いました。

FCは、小学生にしては高いお金なので(いや今も高!って思いながら払っています)お姉ちゃんが中学生になった時にお姉ちゃんの名義で入りました。2人で1つの名義みたいなね、プリキュアか。

ライブもお姉ちゃんと行ってました。でも、親が結構厳しかったし、福島の田舎育ちなので実はそんなに現場数は多くないんです。  

 

中学生になると、変なアイデンティティが確立しまして、わたしの黒歴史山田涼介本気愛、同担拒否時代の到来です。本気で山田涼介好きでした。本気で付き合いたいし結婚したいって思ってました。めっちゃ相性占いしたし、占ツクとかめっちゃ読んだし、頭の中山田涼介でいっぱいでした。うごメモ*1が流行って、そこですごいJUMP担の友達ができました。ツイッターもすでにやってたけど、フォロワー2とかで2人とも学校の友達だったし....

だんだんここからわたしグレ初めて、前略プロフとか始めるんですけどその話はまた今度(笑)

2011年、東日本大震災があった時、東北3県*2のJUMPのFCに入ってる子を対象に、無料イベントが行われました。会場はおなじみセキスイ*3でした。歌はちょっとしか歌わずに、その他は質問コーナーとかで、「芸人の2700の右ひじ左ひじ交互に見るやつやって!」とか....(笑)

終演後にJUMP9人がハイタッチでお見送りしてくれて、あれは今でも忘れられないです。一番最初が光くんだったけど、わたしの身長に合わせて屈んでくれて目を見てハイタッチしてくれて....なんて優しいんだと....いやみんな優しかったけど....ハイタッチ最後が山田くんで、頑張って「大好きです」って言ったら、『ありがとう』ってスーパーアイドルスマイルで言ってくれて、号泣....。

ステージに上がってるからそりゃ山田くんメイクしてるわけだけど、ファンデーションがすごい塗ってあって、「ファンデーション....」って言いながら号泣。このころからわたしすでに頭おかしい。お家に帰ってママさんに「会えた〜〜〜〜」っていいながらまた号泣したのを覚えてます。

あと、忘れもしない全国魂での裕翔からもらったバーンのファンサ............よくもらえたなわたしよ....この頃からすでに自担はわたしの前に来ると大体お尻向けてきます。あるある。

姉が高校生になるとJUMPからだんだん離れていって、一緒にライブに行く子がいなくなったり、それなりにわたしも忙しくなったり、色々あって現場全然行けなくなりました。

でもとんでもなく山田が好きな気持ちは加速....でも、中2のとき、ジャニヲタがきっかけでいじめられたことがあって、Hey!Say!JUMPが好きですっていうのはしばらくやめていました。

 

高校生になって、周りのお友達に恵まれて、同じくらいJUMPが好きな子とも会って、JUMPが好きって言えるようになって、ジャニヲタ会みたいなのもやって....前はHey!Say!JUMPが好きですって言うと、ジャニヲタかよ気持ち悪いって返事がほとんどだったんだけど、今ね、Hey!Say!JUMPが好きですって言うと、あ〜裕翔くん演技うまいよねとか、ヒルナンデスの人?とか、返事が全然違う。周りの環境が変わってジャニーズがもっと受け入れられるようになったのもそうだけど、JUMPくんの頑張りだね。

高1の夏頃から、わたしは関ジャニ∞にハマります。JUMPをちょっと離れてしまいます。JUMPはFCも更新せず、ライブも行かず、CDもDVDも買わず....そのまま降りるんだろうなあって思ってたんだけど、なぜかまたJUMP熱が再発して、今度はエイターのお友達も沼にはめてしまいました☺

大学生になってある程度自由になったので、JUMPのFCも入り直し、離れてた期間のグッズやCD、DVDを買い、ライブも行きました。久しぶりすぎてすごい戸惑ったけど(笑)

 

気持ちが冷め出したのは、10周年のツアー当落からです。12年近く応援していたのに、10周年のツアーに行くことができない、探しても定価は無い。積まないと入れないけどそんなお金は無い。薄々、担降りを考え出したとき、高校の時出会った同じくらい応援してきてた子の担降りでした。とりあえず会おうと渋谷のガストで話をして、2人で泣きました。なんでだろうね〜なんで当たらないんだろうね〜と。

10周年、一緒に時間を共有してきたからこそとてつもなく重い。龍が脱退して、干されて、ドームも埋まらず、ステージとか風船で座席を隠してやっと埋まる、そんなJUMPがだんだん世間に見つかってやっと10周年だって、やっと堂々とJUMPが好きですって言えるって、本当に失礼なことを言うけど、最近応援し出した子と重みが違った。JUMPが「みんなのおかげです」って言ってくれるの本当に嬉しいけど、みんな、で一括りにしてほしくないのが本音でした。

昔の曲をやらないのもなんで?って思っていたし、完璧に新規向け、のライブも違和感でした。そんなことや、同じくジャニヲタ10年選手の友達の担降りと、ライブに行けないことをきっかけにだんだん媒体を追わなくなりました。時間が経つにつれて、追加公演あっても行かなくていいやって思うようにもなりました。まあ、Jr.にハマって、Jr.の現場が多いからいいや〜ってのもあるし、Jr.の近さを知ってしまったから、山田くんがどんどんスターになってどんどん遠くなって行くのを見てすごく寂しくなりました。もうわたしにとって山田くんは遠すぎる。

 

でも、伊達に12年も応援できたわけじゃない。JUMPが、山田くんが本当に大好きで、応援してよかったってずっと思い続けられたからこそ、飽き性のわたしがこれだけ応援できて、1度離れても戻って来れたのかなあと思います。今も本当に大好き。だけどやっぱり優先順位は低くなっちゃうね。

あ〜ほんとうに山田くんは青春の全てだったなあ。山田くんが頑張ってると思うと頑張れたし、山田くんに会えると思うと楽しい、現場はいつだって楽しかったよ。最近は違和感あったけどね。

 

今後は、ゆる〜く、応援していきます。CDもDVDも本当に欲しいって思ったら買うかな。今の所、FCは更新しない予定です。10周年のツアー行けないだけでもうライブはいいやって思えてしまうの不思議。それだけ大きかったんだなあ。

 

楽しかった、本当に楽しかった。あ〜〜Hey!Say!JUMP最高です。山田涼介くん最高です。今までありがとう。これからもよろしくね。頑張ってね。

 

 

*1:3DSに入ってたうごくメモ帳っていうソフト

*2:福島、宮城、岩手

*3:セキスイハイムスーパーアリーナ